せもっちの空手研究会

主に空手についての考え方、練習、鍛錬などといったことについて、書いていこうと思いますm(_ _)m押忍!

空手家としての考え方【重要】

・空手家としての考え方【重要】

 

こんにちは、こんばんは、自由なる空手家せもっちです<(_ _)>押忍!

 

今回は、空手家としての考え方について、わたしなりの個人的な考え方を書いていこううと思います、よろしくお願いいたします<(_ _)>押忍!

 

まず、わたしがとにかく第一に言いたいことは、自分の空手流派が最も優れている!

といった過信を捨てよう!

と言うことなんですよ。

 

みなさん、どうしても自分の積み重ねてきた空手が最も優れていると思っていると思います。

伝統派の言い方であれば、やはり顔面が寸止めであってもルール内で認められていると言うことでしょうか。

そこをついて、伝統派空手には顔面があるが、フルコン空手には顔面攻撃がないので、顔面ありとなると弱いぜ!

 

みたい感じですね、そうゆうのは良くない。

 

反対に、フルコン空手の人たちにしてみますと、筋トレもしたことのねえ、ガリガリな伝統派なんぞ、ロー一発で終わりでしょ?

 

みたいな感じですけれども。

 

伝統派空手の人たちでも、筋トレを導入している人たちはたくさんいますし、逆にフルコン空手でも筋トレをしていないタイプの人たちもたくさんいます。

 

筋トレをめちゃくちゃやって、伝統派空手で活躍しているタイプの人もいますし。

筋トレをまったくやらずに、フルコン空手で活躍しているタイプの人もいるわけです。

 

そして、技術体系もまったく別のものになってきます。

伝統派空手は、そんなに力ばかり鍛えなくても、相手の攻撃を捌けて、自分の攻撃がしっかりヒットし、相手の弱い、いわゆる【人中】などの弱点をしっかりと打ち抜くことができれば、自分の倍の体重のものであっても倒せるわけです。

 

しかし、もし、グローブ空手となりますと、それはまったく通用しなくなってしまいます。

素手であれば、自分が60キロの体重であっても、100キロの人間の人中にガッチリと腰の入った正拳がめり込めば恐らく倒すことができますが。

グローブをしていると、そうゆう訳にはいきません。

 

どうしても点ではなく、面の攻撃になってしまうからです。

そのため、筋力や体重といったもので打撃力を稼ぐ必要があります。

 

同じく、顔面がないルールで、お互いに体を叩きあうようなルールでも、どうしても体重・パワーなどが勝っているほうが有利となりますので、筋力トレーニングは非常に有効なトレーニングになります。

 

そのように、ルールによって考え方やトレーニング方法から、基本的な考え方までもすっかり変わってしまうので、同じ空手であっても、まるで違うような感じになってしまうことが多いと思われます。

 

しかし、そこで大切なのは、確かに伝統派空手の人たちは、フルコン選手がまったく反応できないうちに、画面を打ち抜くことができるかもしれません。

 

逆に、フルコン選手は、顔面をガッチリと守ることで、伝統派の得意である画面の打ち抜きを回避して、ズッシリとした重たい攻撃をどんどん当てていくことができます。

 

そのように、お互いに得意な点、苦手な点が必ずあることになります。

 

そのようなことから誕生したのが総合格闘技なのかな、とも思いますが。

 

同じ空手同士で、どちらがより正当であるのか?

とか。

 

どちらがより優れているのか?

とか。

 

そういった考え方は、無意味であるとわたしは思います。

 

どちらも、がんばっているのならば、それで良いとわたしは思います。

 

総合格闘技で活躍する、伝統派空手出身の堀口選手も素晴らしいですし。

 

K-1などで活躍する、フルコンタクト空手出身の、那須川天心選手も素晴らしい。

 

これに、たかだかテレビを見てギャアギャア言うことくらいしかできないような、我々などが、どちらが優れているだの。

どちらが優秀であるだの。

 

そんなことを言う資格は、ないのです。

 

その人がどれだけ頑張ったか、地獄のような思いをして一つ一つ身に着けてきた技術があります、地獄を乗り越えて、なんとか身に着けた空手があるわけです。

 

それに、フルコンは顔面に弱いだの。

 

伝統派はローやら、直接打撃に弱いだの。

 

ギャアギャアやるのは、まさに愚の極み。

 

 

そして、最近ありますけれども。

 

腰を入れてから突きを打つのか?

 

手が先で、それに腰を併せるのか?

 

腰はグッと構えたままで、手だけで突いていくのか?

 

といったことにしても、それぞれの流派の考え方次第のものでありまして、それぞれ、その流派で勉強しているのならば、あっちがすごいぞ!いや!こっちがすごいぞ!

みたいに、いちいち流されたり、翻弄されたり、そんなことはせずに。

 

自分が励んでいる流派が、しっかりできるくらいには勉強するべきだと思います。

 

そして、どの打ち方が最強とか、そういったことは、わたしはないと思います。

 

しっかり体重が乗っていれば、しっかりと顔面であれば人中、ボクシングで言うところのテンプル、チン、そういったところにしっかり体重の乗ったパンチがヒットして、さらに打ち抜いたならばどんなに体重差があっても、倒すことができるとわたしは考えています。

 

重要なのは、どれだけ極めたか?

どれだけ積み重ねたか?

 

それだけです。

 

誰にも習ったことがない人が、絵を描いていたとして。

毎日、来る日も来る日も、子供のころから、毎日10時間以上も絵を描いていたとして、ヘタなわけがない。

ムダな努力などないし。

正解にたどり着くために、遠回りしたとして、それがムダであるわけはない。

 

腕立てで、100回できたとして。

ぜんぜん腕を曲げてなかったとしたら、しっかり腕を曲げて100回やれるようにすれば良い。

 

ベンチプレスで100キロ上げたとして、胸についてないからムダだ!

と言われたら、胸につけなくても、200キロ上げれば良いのです。

いや、120キロでもいい。

 

と言うか、それ以前に、何の関係があるのだろか?

 

ベンチプレスで、胸につくまで降ろしてないとして。

 

胸に付くまで5センチ浮いているとして。

 

それが、第三者である、無関係の場外のお客さんに、なんの関係があるのか、わたしにはわからない。

 

突きが間違っていると言われたなら、直せばいい。

 

脇が空いていたなら、脇を閉めればいい。

 

肩が上がっていたなら、肩を下げればいい。

 

根性があれば、どんなことでもやり直すことができる。

 

ムダな努力など、この世にないのです。

 

頑張ってください。

 

みなさん、頑張ってください。

 

(。-`ω-)押忍っ!!