こんにちは、こんばんは、せもっちでございます(。-`ω-)押忍!
あまり、堅苦しいようなことばかり書きましても、面白くないな、とも思いまして、思い出話でも書く、といったようなことでも、やってみようと思いました。
よろしくお願いいたします<(_ _)>押忍
こう、お安い第三のビール、と言われるものを夜中に一人、すすりつつ、なにを書こうかのう・・・などと考えておりますと、ふと、思いついた、これにいたします。
今回は、だいぶ昔のお話しになりますが。
・若りし頃の、ボクシング編
です。
では、参りましょうか(。-`ω-)おいっす!
わたくし、こちらの空手ブログを書き始めてから、二年くらいになりますでしょうか。
その中で、何度か書いたことも、あるような、ないような(;´・ω・)💦
感じですけれども、わたくしは地元の
【アマチュア・ボクシングチーム】
のほうで、練習させて頂いていた時期がありました。
当時、わたくし、実家のほうで、祖母が踊りの先生をしておりましたので、舞台がありますが、その当時、祖母が体の調子を崩したこともありまして、よく【砂袋スタンド】などを購入しまして、その砂袋スタンドを、毎日叩いておりました。
このような感じで、砂袋スタンドを叩いておりました。
・手技
正拳:1000回
裏拳:100回
拳槌:100回
手刀:100回
(全て騎馬立ち)
・前腕
外側の【橈骨(とうこつ)】100回
内側の【尺骨(しゃっこつ)】100回
その中間100回
・足での蹴り込み
背足(足の甲)300回
中足(足の指の付け根)300回
スネ部分500回
などを、もくもくと毎日やってましたね。
そうすると、祖母が
「山のほうの体育館で、ボクシングの練習をやってるみたいだよ」
と言いました。
そこで、「へー・・・」
といった感じでしたが。
なにやら非常に興味がわいてきまして、行ってみることにしました。
・アマチュア・ボクシングのやっている体育館へ!
とうとう、行きましたね、体育館に。
最初の日は、何時くらいからやっているのか?
など、受付の人に聞きにいきました。
今思うと、電話でもいいんじゃないのか、とも思います。
すると、受付の爺さんは、なにかを見て調べ始めましたね。
なにか、黒い古い、大きい手帳のようなものを開いて、なにかを調べていました。
なんだか時間がかかるので、管理室内の横の壁に、白い【スケジュール表】みたいなものが掲げてありましたので、チラリ、と見てみると、確かに書いてありました。
小さく【ボクシング】と。
どうやら、週に2回やっているようでした。
そのあと、受付の爺さんが、毎週2回、7時すぎからやってるよ。
と教えてくれました。
わたしは「ありがとうございますっ!!押忍っ!!!」
とは、言ったのか、言ってないのか、覚えてなく。
そのまま、帰宅しました。
そして、ついに、それから何日かして、参加です!!
確か、まだ、先生は来てませんでした。
小さい、軽運動室、と言うところで行われておりました。
リングなどはなく、ただ、古くきたない部屋に、鏡が片面全面に張られており。
サンドバック(中)と、その裏側に[パンチングボール]と言われるものがついているタイプのものが、部屋の隅にありました。
床も、ただの体育館のそのままの床でした。
わたしは、最初の日、よくわかっていなく、裸足で行ってしまったかもしれません。
古すぎて、そのあたり、覚えてないです。
軽運動室に入ると、若いするどい目つきの若者が、一人、もくもくと、サンドバックを打ち込んでいました。
赤い、使いこまれたグローブをつけ、もくもくと打ち込んでおりました。
その若者は、S木君、と言いました。
かるく、挨拶をしました。
あたくし「先生は、まだ来られないんでしょうかね?」とか、聴いたんだと思います。
S木君「先生たちは、遅れて後から来ると思います」とゆうようなことを、言っていたんじゃないかな、と思います。
わたしは、正式には【伝統派空手】以外には、勉強(修行)させて頂いたことが、ありませんでしたので、S木君の、サンドバック打ちを、もくもくと見させて頂いておりました。
すると、S木君が「叩いてみますか?」
とか、確か、言ってきました。
「いいんですかね??」
と、正直な話、あたしの高校の、自分の所属していた空手部にも、立派なサンドバックがありましたので、サンドバック自体、叩くのが初めて、とゆうようなことも、ありませんでしたが、叩かせてもらいました。確か。
空手部のサンドバックは、100kgのもので、重かったですが、ボクシングの部屋のものは、60kgくらいのものでしたので、やや、軽く感じたと思います。
そこで確か、わたくし、マンガが好きなものですので。
「はじめの一歩とか、読みますか?」とか、聴きました。
すると、S木君「俺もはじめの一歩、好きなんですよ」といった感じで、しばし、はじめの一歩のお話しをしましたね。
これですねー(*‘ω‘ *)✨✨
60巻くらいまで読みましたが、それから、読んでないですかね(;´・ω・)長すぎないか?
わたしは、個人的には、テクニシャンだが、誰も見えないところで頑張る宮田君が好きですね。なかでも、宮田君の試合の、計量前の1ヶ月、減量のシーンで、サウナの中でサウナスーツを着て、汗だくになりながら、フラフラになりながら、もくもくと一人、シャドーボクシングをやり、つばを出してまでも、1グラムでも減らすとゆう過酷な減量をしていく姿が感動しました。
そんな、S木君と、はじめの一歩の話で少し、盛り上がったりしつつ、先生が来るのを待ちました。
S木君は当時、高校生でしたが、部活のような形でそこの体育館まで週2回通い、国体出場を目指しておりました。
すると、やがて、二人の先輩が登場しました。
挨拶をするS木君。
わたくしも、挨拶をしました。
そのあと、ついに先生の登場です。
先生は、A先生と言います。
アマチュアボクシング、都道府県大会では3位とのことで、軽運動室には、A先生の国体の賞状も飾ってありました。
なんだか、やけに、国体(都道府県レベル)で3位の先輩方が多く、3人くらいの賞状が何枚か飾ってありました。
そのなかの一人、A先生が主に指導をされているようでした。
わたくし、A先生に挨拶をしまして、さっそくその日から、練習に参加させて頂きました。
・ついに練習に参加!
とうとう、練習が始まりました。
わたくしは、まずはどんなことをやるのだろうか??
と、なんだか、期待とゆうか、楽しみとゆうか、そうゆう気持ちがあったと思います。
確か・・・
最初は【縄跳び】でした。
3分×5セットでした。
わたくしは、あまり、いきなり縄跳びをやるといったことを想像してなかったですが、とにかく、やりましたね。
学校の体育などで使うような、青だったり、緑だったり、といった、安く、軽いものではなく、太いロープで、持つところはゴッツイ木でできたものでした。
・縄跳び(ロープスキッピング)
さっそく、【ストップウォッチ】を押す係の先輩が、始め!、をして、縄跳びが始まりました。
始めた感想としては、「重たい縄跳びだなぁ・・・」です。
柔らかい、プラスチックのような縄跳びと違い、重たかったですね。
とにもかくにも、縄飛びをするわたし、と、先輩二人と、S木君と、A先生。
だいたい、その五人での練習が、そのあとの日も、続くことになります。
縄跳びは、かなりきつかったです。
わたくし、3分5セット・・・ムリでした・・・(;´・ω・)きつすぎ
高校時代のわたしなら、すぐに適応できたかもしれませんが。
高校の空手部の最後の試合を終え、高校を卒業し、そのあとは、筋トレと、砂袋しかしてませんでした。
高校時代は、あまり筋トレしすぎると、体が重たくなる、とゆう思いから、あまりガッツリと筋トレはしないようにしていました。
その代わりに、形を当時から【拳児】の影響もあり、たくさんやってました。
・高校空手部時代の小話
高校の空手部の、新人戦の都道府県大会では、もう少しで決勝(当時は点数制)に行けたので、頑張りましたが、最後の試合では、その1か月前の練習時の、【しょい】と言う、人を肩にかついで、足だけで形を行う練習の時の最後に、しょっている人を下す際に、腰を痛めました。
※【しょい】の説明など
肩に、自分と同じくらいの体重の人に、乗ってもらいます。
その乗っている人の指示で、慈恩なら慈恩の形を始めます。
もちろん、人をかついでいるので、手は使えませんので、足だけで、慈恩の順番を行います。
キツイのが、上に乗っている人は【ストップウォッチ】を持っており、8秒(確か)たったら、1!そして、また8秒たったら、2!、と言うように、8秒で一つの動作を行い、慈恩は確か48挙動くらいでしたので、それを、騎馬立ちや、前屈立ち、後屈立ちで行っていき、最後、「なおれ!」がかかるまで、やります。
【しょい】が終わったあと、乗っている人を降ろしますが、その時に気を付けないと、腰を痛めます。ゆっくりと、壁などに手をつけて下りてもらうと確実ですが、その時のわたしは、調子に乗っており、一気に降ろしていました。
それで、最後の大会の1か月前に、腰椎捻挫、いわゆる【ぎっくり腰】になってしまいました。
・ボクシングのお話しに戻ります。
縄跳びですね。
そのように、高校時代のわたくしなら、わりとすぐに適応できたと思うんですが。
その後も、あまりにも【縄跳び】3分×5セットがきつく、ボクシングを続けるのは、ムリだ・・・
とまで、思うようになりました。
筋トレばかりやっていた体には、そういった持久的なトレーニングは、きつすぎでした。
当時はたしか、ベンチプレスでいうとMAXが105kg、でした。
まだ、当時は、自宅にトレーニング用具を購入して、ベンチなどの上半身ばかりやっていました。
【ベントオーバーロウ】などはやっていたので、背中はいくらか強くなっていたと思います。
筋肉のお手本が、なにしろ当時【月間ボディビルディング】であったり【マッスル&フィットネス(月刊誌)】であったり【アーノルドシュワルツェネッガー・筋肉の神話】とか、そうゆうのを見て、筋トレしていましたので、ひたすら、体をデカクすることばかり考えていました。
↓これですねー(。-`ω-)うむ
これ、どこに行っちゃったんでしょうかね(;´・ω・)💦
もう、10年以上前に、消えましたね💦
見たいなぁこれ。
重要なところに線をひいて、本のなかは、線まみれでしたね。
筋トレの前は、これを見てやる気を出してました。
そして再度、ボクシングの話へ!
(あんまりいい学校、出てないからねー・・・まとまりがないわ、ほんまに)。
そのように、苦しみながらも縄跳びをしていると、先生がセット間の休憩時に、一言、「かかとを床につけないように、爪先だけで飛んでください」(*_*;!!💦
(*_*;むーーーーりーーーーー💦💦
そして、どんどん先生が「あごを上げないように、飛んでください」
「ひじを閉めて、飛んでください」
「腕を回さないように、手首の回転だけで縄を回してください」
などと、言ってこられます。
(*_*;おおすぎーーーーー!!💦💦
そんな感じで初日、縄跳びを、なんとかかんとか、だましだまし、クリアー!!
やっと・・・・終わった・・・・縄跳び・・・3分・・・5セットが・・・!!
なんと・・・長い長い・・・3分×5セット・・・
だいたい、わたしのペースでは、1分につき[100回]ほど飛びますので、3分だと、1セット300回飛ぶことになります。
先生や、先輩方はもっと早いので、400回~500回、3分で飛んでいると思われます。
そのあと、ついに、ボクシングが始まりました!!
・ボクシング開始!!
いや、もちろん、縄跳びも立派なボクシングの練習なんですけれども。
ボクシングの技術的な練習が、ついに始まりました。
わたしは、先生に指導してもらい、まずは
【ジャブ】!
を、教えてもらいました。
ジャブは、空手の【きざみ突き】と、ほぼ同じものでしたが、いろいろと気を付けないといけないことがあり、高校時代の空手部では、教えてもらえなかったことが、たくさんありました。
先生に教えてもらったことをまとめると、こんな感じでした。
わたしは、空手では左構えなので、左構えで指導してもらいました。
なので、ジャブは、右手で打ちます。左手はガードです。
・ジャブの打ち方!【A先生の指導】
・脇を必ずどんな時も閉めること!
・鏡を見て、自分の顎に向かってまっすぐに突きだすこと!
・いらないモーションをつけないで、まっすぐに打ち出すこと。
・左手のガードは、必ず顎(あご)の横につけること。
・手は[卵をにぎるくらい]軽く開いて握ること。
※実際にグローブをつけますと、卵を握るくらいに手のひらは開いたような感じになります。
・打つ時に脇を開けないこと。
・打ったら、最初に構えた場所にすぐに戻すこと。
・左手のガードしている方の肘も、しっかり閉めること。
・力まずに[スッスッ]と打つこと。
・あごを、グッと引きます。
・空手と違うところ
・肩を上げて、自分の顎を守ること!
※空手では、肩を上げるのはダメです。肩の回転力ではなく、下半身(主に腰など)の力を使って打つからです。
・拳を、空手の正拳突きよりも、さらに人差し指が、小指側よりも下になるまでねじること!
※そうすることで、より肩(肩甲骨)が意識しなくても、入りやすくなります。
そういったことを意識するように、ジャブの指導をうけた後、鏡の前に立ち、隣のS木君と並んで、いわゆる。
のようなことが、始まりした。
なによりも、きつかった。
本当に、とにもかくにも、きつくて、きつくて、やめたい!!!!
もう、ボクシングは無理だ!!!!!!
と思ったのが、これですね。
先生「シャドーの練習中、かかとを床につけないで、爪先で立って練習してください」
(*_*;きーーーつーーーすーーぎーーー!!!💦💦
これはもう、本当にもう、筋トレばかりやっていた当時のわたくしの体にはもう、きつくて、きつくてもう、ノイローゼって感じでした。
縄跳び3分5セットで、もう、ふくらはぎがもう、完全にガックガクなのに。
そのあとの【シャドー】で、再度また!!
つま先立ちで!!!
ふくらはぎの筋肉だけで!!!
立って練習してください!!と言う!!!
この【シャドーボクシング】も、1ラウンドとゆう形で、セット練習になります。
つまり。
3分1セットで、3分たったら、1分休み、また2セット目が開始、3分練習して、1分休み。
とゆうルーティンが、いつまでも、いつまでも、続きました・・・。
もちろん・・・
この、3分1セットの、練習のあいだ。
カカトをつけることは、できません!!!
この、かかとをつけたらダメ!!
とゆうのがもう、本当にもう、なによりもきつかったですね。
高校の空手部のころも、やりましたけれども。
1・2年生のころは、組手練習もよくやりましたので、先輩に、
「フットワークはかかとをつけるな!!(# ゚Д゚)ゴラァッ!!」
と言われてましたので、当時のわたしなら、できたかもしれませんが。
なにしろ、そのころはもう、3年以上も、筋トレのみ!!
筋肉をデッカクして、強くなっている(と思っている)自分を見て、喜んでいただけ!
砂袋を叩いて、部分鍛錬をして、強くなっていると、思って喜んでいただけ!!
の妄想野郎には。
いささか。
アスリート的、スポーツ的、スピード的、持久的なトレーニング能力は、完全に絶えておりました。
よく、外を5キロくらいですが、走ってはいましたが、なんの役にも立ちませんでした。
そして、ジャブを【8セット】くらいでしょうか。
1ラウンド3分×8セットで、シャドーが終了しました。
といったところで、思い出話①
いったん終了、とさせて頂きますかな(*´ω`*)押忍!
それでは、このたび、失礼させて頂きますぞ(。-`ω-)押忍っ!!
※続きます、たぶん。